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プロレスの歩き方・完 勝負タイム27日間。バレンタイン固め (2005/02/14 02:22)
2005-10-26 Wed 15:54
 団体が分裂し、各団体の体質の弱体化が進む中で、プロレス界の内部事情を暴露する本が出版されました。それが新日でレフェリーをしていた、ミスター高橋が書いた


「流血の魔術、最強の演技-すべてのプロレスはショーである」


です。この本を読んで、まったく動じなかったというプロレスファンがいたら、むしろ真のプロレスファンではないと思います。いろいろと書くことはやめにしますが、プロレス団体にいた元レフェリーが、内部のからくりを隠すことなく明らかにした本です。


ボクはもちろん、この本の1から100までをそのまま信用しているわけではありません。売名も出版の目的の一部だったと思いますし、本を面白くするために虚飾した部分がないとは言えないからです。しかし、プロレスにおける流血シーンの前後などを見ると、この本に書かれている通りのやり口があったと言わざるを得ないわけで、かなり真実が含まれていることは間違いないと思います。


しばらくは、「最近プロレスもそんなに見ていないし、プロレスは捨てて総合に乗り換えようか・・・」とも思いました。しかし!


冷静に考えてみると、それらの本に書かれていた事柄というのは、別に前々から懸念として抱いていたものだったんです。言ってみれば、ボクはその本からショックを受けて立ち直れないような、プロレスの見方はもともとしていなかったというか、「こうなんじゃねぇかなぁ?」と薄々思っていたのを指摘されただけだったのです。


じゃあ、それでどうしてプロレスを捨てる必要があるのか?ないじゃないか!という結論に達したのです。
むしろ、こういった本が出たことによって、自分がプロレスをどう見ているか、もっとハッキリしたように思います。


ボクのプロレス観を一言で言えば、「プロレスとはマンガである!」です。


よく、プロレスを「あんなの最初から勝敗が決まってるんでしょ?」とバカにして見ない人がいます。そうなのかもしれません。でも、そういう人には逆に言ってやりたい。「おまえの読んでいるマンガの結末なんか決まってるんでしょ?」「そんな先のことが決まってるもの読んで楽しいの?」マンガが好きな人はこう答えるでしょう。「そんなことはマンガが面白いか面白くないかには関係ない」と。プロレスも同じです。


また、マンガ家にも、うまい、ヘタがあるように、プロレスラーにもうまい、ヘタがあります。戦いのシーンがあるマンガに限定しますと、例えば鳥山明の戦闘シーンの描き方は本当にうまい。絵を追っていくだけで、どのような展開になっているのかすぐわかる。(あれ?これどうなってるんだっけ?とページをめくり返すことがまずない)それがスピード感を演出している。つまり、そのための構図とか、コマ割りがうまい。


しょっぱいマンガ家に描かせたら、同じ戦いを描かせても、肝心なところで、これ何がどうなってるんだ?とわからなくなってしまったり、全然力感を感じないことがあると思います。


プロレスラーも同じです。いいプロレスラーは、ここは、マンガで言うところの小さなコマでの攻防(セコンドが解説するシーンが入る)とか、ここは、大ゴマで、キメっていうメリハリをしっかりつけます。


ところが、ヘタなレスラーは大きなコマで使うべき技を、小さなコマで使っちゃったりして、ラストの大ゴマが全然盛り上がらなかったりとか、そういうぬるさがあります。


また、マンガ家がストーリーに合った絵柄を求められるのと同じように、プロレスラーにもそのレスラーの個性にあった技を選択して試合する必要があります。(最近はそのへんができている人が少ないです)


さらに、総合とプロレスそれぞれの魅力の違いをもう一つの言葉で例えるなら、ノンフィクション小説と、フィクション小説の違いと言えます。これを読んでいる方の中で、フィクション小説は、ノンフィクションよりも劣ると考えている人はいますか?


作家は、フィクションの中にも、ある伝えたい事実というものがあって、それをそのままつらつらと書くよりも、物語の中でそれを浮き彫りにさせていきます。そして、読み手にとってもそれは、ダイレクトにそのテーマに関する文章を書かれるよりも伝わるのです。


プロレスラーも、プロレスの中に、その伝えたい事実がある人は、いい試合をします。それは見ている側にも伝わるものです。


ここで、やっと健介ファミリーの話を出します。去年のプロレス大賞MVPは佐々木健介でした。健介は、ちょっと前にフリーのレスラーになったので、団体と交渉して、試合に出させてもらわないと、収入が得られないのです。そして、そのために鬼ヨメの北斗晶、2人の子供、内弟子の中嶋と、「本当に力を合わせて」がんばっています。さらに面白いのは、それをそのまんま、リング上の試合で見ることができます。


WWEのような、浮ついたお話ではなく、そこにはリアルなストーリーが根底にあるのです。そういうものは、見ている人間にも伝わります。ああ、最近プロレスが劣勢だったのは、総合格闘技云々もあるけれど、戦いの奥底にあるリアルが全く伝わってこない、あるいは、ないことが原因だったのではと思うのです。


ボクはぜひ、このへんを大事にしてほしいんです。新日を出た柴田は、まさにそれをしたがっている人間に思えます。(退団がその選択肢として正しかったかは、これから示す必要がありますが)


試合の中に、信頼関係とか、敵対関係とか、ライバル関係とかをちゃんと見せること。それが本来、プロレスの流れを作っていくものであるべきだと思います。最近は、会社が操作しすぎているのか、そのあたりをビンビン感じる人とか、マッチメイクが少ない気がします。


というワケで以上、5回の連載終了です。ヤター!来週からはもうちょっと適当に書くゾー!
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