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プロレスの歩き方② (2005/01/24 01:29)
2005-10-26 Wed 16:12
前回書いたプロレス最強?伝説の続きを今回は高田延彦という男を中心に書きます。ちなみにボクは別に高田が好きでも嫌いでもないので、多少内容が薄いことは断っておきます。


PRIDEをよく見る人なら、UWFという言葉を耳にしたことがあるはずです。


UWFとは、新日本プロレスを脱退した前田を中心に、高田、山崎、藤原組長、船木、鈴木みのる、安生、田村らをメンバーとする団体で、プロレスからショー的要素(ロープにふるとか、トップロープに上るとか、3カウントでの勝負はナシとか)を排除し、純粋な格闘技としてのプロレスを追求していくことをモットーにした団体でした。


UWFは、昭和末期~平成の初頭まで存在し、東京ドームを満員にするほどのブームになっていました。当時UWF派の人と話すと、「え?まだ全日なんか見てんの?おれはUWF派!」みたいに妙に鼻につく感じで言われたものです。(現在の総合とプロレスの関係と相似してますかね?。。。)


UWFファンはモチロン、プロレスファンはみんなUWFはガチンコファイトをやっていると思ってました。
さらに、UWFファンというのは、ただでさえ強いプロレスラーが、ショー的要素を排除して格闘技やってるんだから、UWFが世界最強に決まってるじゃないか!という考えの人が多かったと思います。


UWFはその後、いろいろあって3つの団体に分裂します。前田はたった1人でリングスという団体を設立。藤原、船木、鈴木は藤原組に。(のちに船木を中心にパンクラスを設立)高田はUWFインターナショナルという団体のトップレスラーになりました。


Uインターはレスラーのメンツとしてはこの中では豊富なほうでしたし、ダブルバウトと言ってタッグマッチ方式を取り入れたりと、U系の中でもプロレス的要素が多い団体でした。


今思うと、非常にわかりやすいストーリー展開が魅力でした。まず、ゲーリー・オブライトや北尾光司、ベイダーといった超大型(体格も)外敵が、Uインターの若手を、ケチョンケチョンに倒します。


そこで、「ちょっと待て。オレは若手とは一味違うぜ!高田と対戦したいならオレを倒してからにしろ!」と副将格の山崎一夫が挑みます。が、あまり若手と変わらない感じでやっぱりやられます。


「ヤバイ、山崎までもがあんなに無惨に負けるとは。。。いくら高田でも今回ばかりは。。。」とファンの不安も募ります。


そして、真打ち高田登場!客の心配などなんのその、攻め寄せる外敵をバッタバッタと打ち倒す!


「あっぱれ!強いゾ!高田!オマエは最強だ~!」


そんな高田に、昇り竜の勢いで実質ナンバー2(1か?)に駆け上がっていた田村が噛みつきます。


「高田さん。。。ボクと真剣勝負して下さい!」


。。。え?つまりそれまでは何だったんだい?(高田と田村は過去に一度対戦しています)


結局高田VS田村は実現することなく、この一件含めていろいろな理由で、Uインターは解散します。


次回は、総合格闘技がプロレス・ファンに与えた衝撃の大きさと、それにレスラーが挑む結果を見ながら、自分のプロレスの見方がどう変化したかを書きます。
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